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東京地方裁判所 平成4年(モ)5700号 決定 1993年1月22日

当事者の表示

別紙当事者目録のとおり

主文

本件申立てをいずれも却下する。

理由

一、申立人ら(原告ら)の本件申立ての趣旨及び理由は、別紙一の申立書及び別紙二の申立理由補充書に記載のとおりである。

二、ところで、申立人らは、相手方らが別紙一記載第二の1ないし5の文書(以下「本件文書」という。)を所持している旨主張する。

しかし、一件記録によれば、本件文書は、福島第二原子力発電所3号機について、東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)が電気事業法に基づき通商産業大臣に提出した文書の控え及び東京電力が行った検査の基本データを記載したものであって、いずれも東京電力が業務上作成した文書であること、また、相手方らはいずれも東京電力の代表取締役であることが認められ、これらの事実を考慮すると、仮に相手方らが本件文書を実際上保管している者であるとしても、それは、東京電力の機関の立場で保管しているにすぎず、この立場を離れて相手方ら自身が独立して個人として所持しているわけではないと解するのが相当である。

そうであるとすれば、本件文書の所持者(民訴法三一二条、三一四条一項)は東京電力であって、相手方らではないから、相手方らに対して本件文書の提出を命ずることはできない。

三、なお、仮に相手方らが本件文書の所持者に当たるとしても、本件文書については、次のとおり、いずれも民訴法三一二条一号又は同条三号後段の要件を満たすものとは認められない。

1. 民訴法三一二条一号該当性

民訴法三一二条一号の趣旨は、文書を所持する当事者が、裁判所にその文書を提出しないままその存在及び内容を積極的に申し立てることにより、一方的にその主張に沿う心証を裁判所に形成させようとすることを防止するところにあると解されるから、同号の「訴訟ニ於テ引用シタル」とは、その文書の存在及び内容が、当事者の主張又は書証等において、当事者の主張する事実を裏付けるものとして積極的に言及されていることを意味すると解するのが相当である。

これを本件文書についてみると、一件記録によれば、相手方らは、その主張又は書証において、別紙一記載第二の1ないし4の文書が作成された原因となった工事又は検査が行われたこと、右工事又は検査について通商産業大臣に届出がされたこと、あるいは、別紙申立書記載第二の5の文書が作成された原因となった各検査が行われたことについては言及しているものの、本件文書の存在及び内容について、相手方らの主張する事実を裏付けるものとして積極的に言及してはいないことが認められる。

したがって、本件文書は、民訴法三一二条一号の文書に該当しない。

2. 民訴法三一二条三号後段該当性

(一)  別紙一記載第二の1ないし4の文書について

民訴法三一二条三号後段の趣旨は、書証を提出するか否かは原則として当事者の自由であることを前提としたうえで、挙証者と文書の所持者との間の法律関係を証する目的で作成されたと客観的に認められる文書又はこれに準ずる文章については、その提出を強制することによって所持者が受ける不利益が大きいとはいえないことから、挙証者の立証の便宜を図るとともに実体的真実の発見を実現するために、その提出義務を定めたものと解される。したがって、同号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成」された文書とは、挙証者と所持者との間に法律関係が存在し、又は法律関係が生ずることが予測されることを前提に作成されたとみられる文書で、その法律関係の構成要件事実の全部若しくは一部を記載したもの、又はこれに準ずる文書を意味すると解するのが相当である。

また、本件の本案事件のような商法二七二条に基づく取締役の違法行為差止請求においては、同法二六七条に基づく株主代表訴訟におけるのと同様に、その原告(本件の申立人ら)は本来会社が行使すべき差止請求権を会社のために行使するものということができるから、本件申立てにおける挙証者とは、実質的には会社を指すものと解するのが相当である。したがって、本件において、民訴法三一二条三号後段により文書の所持者が提出義務を課される文書は、東京電力とその取締役である被告ら(本件の相手方ら)との間に存する委任の法律関係の構成要件事実の全部若しくは一部を記載した文書、又はこれに準ずる文書に限られる。

ところで、電気事業法は、電気工作物の工事等を規制することによって公共の安全を確保し、あわせて公害の防止を図るなどの目的(同法一条)を達成するために、電気事業者に対し、一定の工事について通商産業大臣へ届け出る義務、あるいは、一定の電気工作物について同大臣の検査を受ける義務を課しているところ、別紙一記載第二の1ないし4の文書は、これらの義務に基づいて作成された文書である。そうすると、これらの文書は、東京電力と国(通商産業大臣)との間の公法上の法律関係につき作成された文書であるといわなければならず、東京電力と相手方らとの間の法律関係の構成要件事実の全部若しくは一部を記載した文書、又はこれに準ずる文書であるということはできない。

なお、申立人らは、右文書には、相手方らが通商産業大臣に対して福島第二原子力発電所3号機の事故に関する重要な情報を秘匿し、又は虚偽の事実を報告するという、相手方らの善管注意義務違反の構成要件事実の一部に該当する事項が記載されているから、右文書は民訴法三一二条三号後段の文書に該当する旨主張する。しかし、仮に右文書に申立人ら主張のような事項が記載されているとしても、それは委任の法律関係に違反する事実が記載されているというにとどまり、そのことによって、右文書が東京電力と相手方らとの間に存する委任の法律関係の構成要件事実の全部又は一部を記載した文書に当たるということも、それに準ずる文書に当たるということもできないことは明らかであるから、申立人らの主張には理由がない。

したがって、別紙一記載第二の1ないし4の文書は、いずれも民訴法三一二条三号後段の文書に該当しない。

(二)  別紙一記載第二の5の文書について

別紙一記載第二の5の文書は、東京電力が行った福島第二原子力発電所3号機の検査についての基本データを記載したものであるから、右文書が東京電力と相手方らとの間に存する委任の法律関係の構成要件の全部若しくは一部を記載した文書又はこれに準ずる文書に該当しないことは明らかである。

また、外部に公表することが予定されず、もっぱら自己使用の目的で作成された内部文書については、その作成者ないし所持者にその処分の自由を認めるべきであるから、たとえその文書に挙証者と所持者との間の法律関係に関連する事項の記載があったとしても、民訴法三一二条三号後段に基づいて提出義務を課すことはできないと解するのが相当であるところ、別紙一記載第二の5の文書は、もっぱら自己使用の目的で作成された内部文書であると認めるのが相当であるから、仮に右文書に東京電力と相手方らとの間の法律関係に関連する事項の記載があるとしても、民訴法三一二条三号後段に基づいて提出を命ずるべきではない。

四、よって、本件申立てはいずれも理由がないので、これを却下する。

当事者目録

申立人(本案原告) 広瀬隆

申立人(本案原告) 竹村英明

申立人(本案原告) 山崎久隆

申立人(本案原告) 平井孝治

申立人(本案原告) 中手聖一

右申立人ら訴訟代理人弁護士 海渡雄一

同 鬼束忠則

同 伊東良徳

相手方(本案被告) 平岩外四

相手方(本案被告) 那須翔

相手方(本案被告) 池亀亮

右相手方ら訴訟代理人弁護士 西迪雄

同 海老原元彦

同 向井千杉

同 富田美栄子

同 谷健太郎

<別紙一>

文書提出の申立

原告 広瀬隆

ほか四名

被告 平岩外四

ほか二名

右当事者間の御庁平成三年(ワ)第四〇四四号違法行為差止請求事件について、原告らは左記のとおり、文書提出命令の申立をする。

一九九二年七月二日

右原告ら訴訟代理人

弁護士 海渡雄一

弁護士 鬼束忠則

弁護士 伊東良徳

申立の内容

第一、証すべき事実

本件再循環ポンプ破損事故後に本件原発の再循環ポンプにつき実際に行われた再発防止対策の内容、特に再循環ポンプケーシングの傷及び金属疲労の存在・程度並びに肉厚、完全溶け込み溶接の実施状況、部品交換の実施状況

被告らが右再発防止対策の実施にかかる手続において通産省に告知した事実の全容(重要な情報の秘匿、虚偽報告の有無)

第二、文書の表示

1. 一九九〇年四月一八日の電気事業法四二条一項に基づく修理工事計画について電気事業法施行規則三五条による様式三十九の工事計画届出書および工事計画書、工事工程表、変更を必要とする理由を記載した書類など通産省に提出された所定の書類の控え

2. 五月二九日の電気事業法四三条一項に基づく電気事業法施行規則三七条四号イ項についての使用前検査申請についての電気事業法施行規則三九条による様式四十の使用前検査申請書および当該使用前検査申請のために東京電力が通産省に提出した書類の控え

3. 八月一五日の電気事業法四三条一項に基づく電気事業法施行規則三七条四号ホ項についての使用前検査申請について電気事業法施行規則三九条による様式四十の使用前検査申請書および当該使用前検査申請のために東京電力が通産省に提出した書類の控え

4. 日時不明の電気事業法四七条に基づく定期検査の申請について電気事業法施行規則五八条による様式四十九の定期検査申請書および当該定期検査申請のために東京電力が通産省に提出した書類の控え

5. 本件再循環ポンプについて、一九九〇年六月一六日、七月一二日に実施された超音波探傷検査、一九九〇年六月一六日に実施された放射線透過検査、一九九〇年六月八日、六月一五日、七月一二日に実施された浸透探傷検査についての基本データ

第三、文書の趣旨

一、被告は答弁書第三、六「本件発電機運転再開につき法令違反がないことについて」の中で、本件発電機運転再開にかかわる所要手続きなどの遵守及び履行がなされた旨主張し、その具体的な内容として、改修工事に係る使用前検査関係、定期検査関係の行政処分を受けていることなどを主張している。

二、文書1ないし3について

特に問題となっている原子炉再循環ポンプについて見ると、一九九〇年の四月一八日に電気事業法四二条一項に基づき工事計画が技術基準に適合することの審査を受けるために、東京電力から通産大臣に修理工事計画の届出がなされている(乙八号証)。この届出に当たっては、電気事業法施行規則三五条により、様式三十九の工事計画届出書に工事計画書、工事工程表、変更を必要とする理由を記載した書類などの所定の書類を添付しなければならないこととなっている。

次に五月二九日に電気事業法四三条一項に基づき、本件再循環ポンプについて行われた工事が右の工事計画及び技術基準に適合することの審査を受けるために、東京電力から通産大臣に、電気事業法施行規則三七条四号イ項についての使用前検査申請がなされている(乙八号証)。この申請に当たっては、電気事業法施行規則三九条により、様式四十の使用前検査申請書を提出しなければならないこととされている。

更に八月一五日に電気事業法四三条一項に基づき、本件再循環ポンプについて行われた工事が右の工事計画及び技術基準に適合することの審査を受けるために、東京電力から通産大臣に、電気事業法施行規則三七条四号ホ項についての使用前検査申請がなされている(乙八号証)。この申請に当たっても、電気事業法施行規則三九条により、様式四十の使用前検査申請書を提出しなければならないこととされている。

これらの書類は、いずれも、東京電力が前記の手続きを履行するために、法令に基づいて通産省に提出する義務を負っているものとその説明資料であり、これらによって、本件原子炉再循環ポンプが構造、強度、肉厚、傷の有無などの諸点において電気事業法四八条に違反するかどうかを判断する基礎的なデータが記載されている趣旨のものである。なお、本件文書の原本は通産省に提出されているが、その控えを被告が保管しているものである。

三、文書4について

又日時は不明であるが、電気事業法四七条に基づき再発防止のための工事の実施後の本件再循環ポンプが通産省の定める基準に適合することの検査を受けるため、定期検査の申請がなされている。この申請に当たっては、電気事業法施行規則五八条により、様式四十九の定期検査申請書を提出しなければならないこととされている。この書類は、東京電力が前記の手続きを履行するために、法令に基づいて通産省に提出する義務を負っているものとその説明資料であり、定期検査が適正に行われたかどうかを判断する基礎的なデータを記載されている趣旨のものである。なお、本件文書の原本は通産省に提出されているが、その控えを被告が保管しているものである。

四、文書5について

又、被告が書証として提出している乙一六号証(内閣総理大臣の衆議院議長宛の答弁書)によると、本件再循環ポンプについて、一九九〇年六月一六日、七月一二日に超音波探傷検査を実施したとしている。又、一九九〇年六月一六日に、本件再循環ポンプについて、放射線透過検査を実施したとしている。更に本件再循環ポンプについて、一九九〇年六月八日、六月一五日、七月一二日に浸透探傷検査を実施したとしている。これらの検査は、通産省の指導によって東京電力が実施したものであり、この検査の基本データは、被告が保管しているものである。この書類はその存在が国会に対する政府の答弁で明らかにされた経緯から考えると、文書3又は4のうちの説明資料として通産省に提出された書類に含まれているものと考えられるが、その存在が明確となっているものとして特に掲記したものである。そして、本件再循環ポンプに傷・割れ等の欠陥が生じているか、そして、これらの傷・割れなどを検出すべき右の検査が適正になされたか否かは本件訴訟の中核をなす争点である。本件文書は右検査が適正に行われたかどうかを判断する基礎的なデータが記載されている趣旨のものである。

第四、文書の所持者

被告ら

第五、文書提出義務の原因

一、法律関係文書性(民事訴訟法三一二条第三号後段)

1. 本件訴訟において争われている法律関係と主たる争点

本件訴訟は、福島第二原子力発電所3号機の再循環ポンプ破損事故後の運転の継続を被告らが運転員に命ずる行為が違法であるため商法第二七二条に基づきその命令の差止を求めるものである。本件訴訟において争われている違法性の内容は電気事業法第四八条違反(本件原発の技術基準適合性)及び取締役の善管注意義務・忠実義務違反であり、より具体的には、前者については本件原発の現状(本件訴訟提起後口頭弁論終結時まで)が技術基準に適合しているか否か、後者については本件原発につき実際にどのような事故防止対策が行われたのか、運転再開にあたり適正な手続が実際に行われたのか、被告らが右手続にあたり重要な情報を秘匿したり行政庁に虚偽の事実を告知しなかったかが争点となっている。

従って原被告間には取締役の違法行為差止権の有無及び右の各争点の存否に関する法律関係が存在する。

2. 民事訴訟法第三一二条第三号後段の法律関係文書の意義

民事訴訟法第三一二条第三号後段にいう挙証者と所持者との間の法律関係について作成された文書とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書だけでなく、その法律関係に関係のある事項を記載した文書、ないしはその法律関係の形成過程において作成された文書をも包含すると解されている(高松高裁昭和五〇年七月一七日決定判例時報七八六号三頁、大阪高裁昭和五三年三月六日決定 判例時報八八三号九頁等多数)。

右の挙証者と所持者の法律関係に関係のある事項を記載した文書としては従前より、次のようなケースで文書提出命令が認められている。

伊方原発訴訟においては、原発の危険性及び原子炉設置許可処分の内容及び手続上の違法が主張されて原子炉設置許可処分の取消訴訟が提起され、当事者間に原子炉設置許可処分の取消を求め得る権利の存否ないし原子炉設置許可処分の取消原因の存否に関する実体法上の法律関係が存在するとして、四国電力が国に提出した安全審査の参考資料や安全審査会の議事録等原子炉設置許可処分までの手続過程で作成され、設置許可処分の前提資料となった文書につき、広汎に文書提出を命令した(高松高裁昭和五〇年七月一七日決定 判例時報七六八号三頁)。

多奈川火力発電所公害訴訟では、火力発電所運転による大気汚染を不法行為として運転差止及び損害賠償請求訴訟が提起され、火力発電所運転による大気汚染とこれによる付近居住住民たる挙証者らの損害発生という法律関係につき、電力会社が火力発電所周辺で行った風向、風速、二酸化いおう、ばいじん降下量の測定データの提出を命令した(大阪高裁昭和五三年三月六日 判例時報八八三号九頁)。

航空自衛隊の航空機事故をめぐる国家賠償請求訴訟では、事故原因が主たる争点となり、航空自衛隊部内の航空事故調査委員会の作成した航空事故調査報告書につき、挙証者と所持者間の不法行為に基づく損害賠償請求権にかかる法律関係に関係する文書として全ての事例で提出命令が出されている(判例時報一〇四七号八六頁の解説参照。右解説ではこれは「実務的にはほとんど確定的な判例法になっているといってよいであろう」とされている)。

3. 本件各文書の法律関係文書性(民事訴訟法第三一二条第三号後段該当性)

第二、1の文書は、本件再循環ポンプにかかる再発防止対策として実際に工事を行うために作成・提出されたものであり、その工事計画が技術基準に適合することの審査を受ける目的で作成・提出されたものである。

第二、2、3の文書は本件再循環ポンプについて実際に右工事計画通りに修理が行われかつ修理後の再循環ポンプが技術基準に適合することの検査を受ける目的で作成・提出されたものである。

第二、4の文書は右修理実施後の本件再循環ポンプが通産省の基準に適合していることの検査を受ける目的で作成・提出されたものである。

第二、5の文書は本件再循環ポンプにかかる再発防止対策の実施に際してその工事が技術基準通りに行われたこと及び再発防止対策が妥当であることを確認する目的で作成されたものである。同じ目的で使用前検査・定期検査において提出されたと思料する。

従って本件各文書は、いずれも本件再循環ポンプ破損事故後、本件再循環ポンプについての再発防止対策を実施するとともにそれを行政手続において確認することを目的として作成された文書であるから、いずれも本件原発の再循環ポンプの現状、本件再循環ポンプについて実際に行われた再発防止対策、行政手続が適正に行われたか、被告らが右行政手続において重要な事実を秘匿したり虚偽の事実を報告しなかったかという本件の主たる争点、即ち原被告間に存在する法律関係の「確認のため、」少なくとも右争点(法律関係)に「関して」作成された文書であることは明らかである。

二、本件文書は民事訴訟法三一二条一号に定める引用文書である。

1. 引用文書の意義

民事訴訟法三一二条一号は、「訴訟において引用したる文書を自ら所持するとき」について文書提出の義務を定めている。

この趣旨はその存在と趣旨が訴訟で引用された場合を指すものと解されている(大阪高裁昭和四六年一月一九日訟務月報一七巻四号六七七頁)。すなわち、「民事訴訟法三一二条一号にいう「訴訟において引用したる文書」とは、訴訟において当事者によって引用された文書すなわち、当事者によってその存在と趣旨が訴訟で引用された文書を指称する。従って、必ずしも、証拠として引用された文書に限るものではない。このような文書を提出する義務を当事者の一方に課するのは、それを所持する当事者が、この文書の存在を積極的に主張して裁判所に自己の主張の真実であることの心証を一方的に形成させる危険を避けるため、該文書を相手方の批判にさらすのが衡平であることによる。」とされている。

したがって、ここにいう引用とは、当事者が口頭弁論において、自己の主張の助けとするため、特にある文書の存在と内容を明らかにすることを指すとされている(福岡高裁昭和五二年七月一二日決定 判例時報八六九号二四頁)。そして、この中には、証拠として提出すべきものとして引用した文書のみならず、自己の主張を明白ならしめるとともに、その裏付けとなるべきものとして引用した文書も含まれるものとされている(大阪高裁昭和五四年三月一五日決定 判例タイムズ三八七号七三頁)。

2. 被告の引用

<1>被告は答弁書二二頁において「本件原子炉の運転再開のために実施されることになった改修工事にあたっても、電気事業法四二条に基づく工事計画の届け出等を行うとともに、工事の工程ごとに、同法四三条所定の使用前検査を受け、他方、同法四七条所定の定期検査を終了した結果、本件発電機が同法四八条に基づく通商産業省令所定の技術基準に適合しないものでないことが確認され、運転が再開されたのである。」と述べ、改修工事に係る使用前検査関係として、乙第八号証を引用して、「原子炉再循環ポンプ関係 平成二年四月一八日、電気事業法四二条一項の規定に基づき、通商産業大臣に対し、本件原子炉の冷却材再循環ポンプの修理に係る工事計画を届け出、その後、同法四三条一項に基づく使用前検査を受け、同年一二月二〇日までに、各工程における検査に合格した。」と述べている。この記載は乙八号証の記載を簡略にまとめたものであり、「第三文書の趣旨」に述べた本件文書の存在、作成過程、その内容が電気事業法に適合しているものであることを主張したものである。

<2>さらにこの内容を同答弁書の一五頁末行から一七頁六行目にかけて、「原子炉再循環ポンプの水中軸受の改善等」と題して説明し、その工事内容を次のように述べている。

「本件再循環ポンプのケーシングは修理して再使用することとし、ボリュート部等の衝突痕等を研磨して滑らかに整形する修理を行い、その後、内側表面の浸透探傷検査を行ったほか念のため表面近傍の超音波探傷検査及び水切り部の放射線探傷検査を行ったが、いずれも欠陥は検出されず、また、同修理後のケーシングの厚さの最小値は、実測値で一〇五ミリメートルであることが確認された。」

しかし、この点については原告は多大なる疑問を持つものであり、その疑問の根拠は訴状請求原因の第一〇項に詳細に論述したとおりである。

端的にいえば、原告は被告の行った検査結果とケーシングの厚さの実測値が上記のとおりのものかどうかについてまず疑問を持つ。本件文書には右記述に反する記載内容が存在する可能性が高いと考えている。また、被告が検査結果などのデータを改竄して本件文書には右の記述通りの記載がなされているとしても、このような一次的なデータの改竄については専門家の目で見破ることもできるのである。したがって、この被告主張の真否は本件訴訟の帰趨を決する重大な争点であるといえる。

そして、右の水中軸受の改善の内容についての安全審査は電気事業法四二条に基づく工事計画の届け出等を行うとともに、工事の工程ごとに、同法四三条所定の使用前検査を受けることによってなされたのである。したがって、右の工事内容の安全性を主張する被告の主張は電気事業法四二条に基づく工事計画の届け出と同法四三条所定の使用前検査が内容的にも以上に述べたように適正になされたことを主張するものといえる。ちなみに本件訴訟で被告から提出されている通産省作成の乙一、二号証、原子力安全委員会作成の乙一二号証は法的な根拠手続きのない合目的的な行政作用の所産であることを被告自身が準備書面(二)の中で自認しているところである。また、基礎的なデータではなく、これを加工し、都合の悪い情報は隠されている乙一、二号証の提出だけでは真実に迫ることはできないのである。本件文書提出の必要性はここにあるのである。

<3>また、被告はその準備書面(二)の一三頁-一四頁において

「本件原子炉の運転再開に当たって行われた使用前検査及び定期検査において、当該分野に関する専門的知識、経験を有する担当官が精査した結果、いずれも所定の技術基準を満たすことが確認され、かつ、かかる検査の方法、結果等について特段の疑義を差し挟むべき不合理な点が存在せず、しかも、その後、同法四九条に基づく通商産業大臣の技術基準適合命令が発せられることもない以上」等と主張する。

<4>さらに被告は準備書面(四)の二頁においても、「本件発電機の運転再開に当たって行われた使用前検査及び定期検査においても、当該分野に関する専門的知識、経験を有する担当官が精査した結果、いずれも所要の技術基準を充足することが確認され、かつ、かかる検査の方法、結果等について特段の疑義が指摘されるようなことはなく、しかも、その後、同法四九条に基づく通商産業大臣の技術基準適合命令が発せられることもなかったのである。」等とほぼ同旨の主張をしている。

これらの主張は、被告が、本件文書の存在とその趣旨を積極的に主張したものであり、「引用」に当たることは明らかである。

3. 文書提出義務の存在

ここでは、被告が通産省に提出した工事計画の届け出書や使用前検査の申請書やその添付書類がどのような内容のものであり、その内容が技術基準を満たすこと、合理的な内容のものであることが具体的に引用されている。被告が、このように文書の存在と趣旨を積極的に主張して裁判所に自己の主張の真実であることの心証を一方的に形成させようとしていることはあきらかである。このような危険を避けるためにこそ、民事訴訟法三一二条一号は引用文書の文書提出義務を定めたのである。被告が本件原子炉の再循環ポンプの改修工事でとった措置の安全性は本件訴訟におけるもっとも重要な争点である。そして、この争点について、被告が以上のように再三にわたって、本件文書う引用したのであるからこの文書を原告の批判にさらすのが訴訟の衡平の理念からいってもあまりにも当然である。本件文書は民事訴訟法三一二条一号に定める引用文書であり、被告には文書を提出する義務がある。

<別紙二>

平成三年(ワ)第四〇四四号

文書提出の申立理由補充書

原告 広瀬隆

ほか四名

被告 平岩外四

ほか二名

一九九二年一二月三日

右原告ら訴訟代理人

弁護士 海渡雄一

同 鬼束忠則

同 伊東良徳

一、本件各文書の民事訴訟法三一二条三号後段文書該当性

1.原告らと被告らの法律関係

原告らと被告らの間には、被告らが訴外会社の業務執行にあたり善管注意義務ないし忠実義務に違反することにより、訴外会社が損害を被り、その結果原告らが損害を被る関係がある。そして右善管注意義務ないし忠実義務の具体的内容は、「原子炉施設に環境への放射性物質の漏出をもたらすような事故等が発生すれば会社に莫大な損失を及ぼすことに鑑みれば、殊に本件のように事故が発生し一旦停止した原子炉の運転を再開し、その継続を命じようとするにあたっては、本件事故による本件原子炉施設の損傷状況、事故後に機器等に施された修理等に関する諸事実を基礎として、修理後の本件原子炉施設の健全性及び事故再発防止対策の有効性についての慎重な検討を行い、これに基づいて業務執行することが、代表取締役として尽くすべき善管注意義務ないし忠実義務の具体的内容をなすというべきである」とされ、「被告らとして右善管注意義務ないし忠実義務を尽くしたというためには、社内の専門的知見を有する者らの報告、情報、意見や社外の信頼するに足りる専門家ないし専門機関の判断、見解、更には監督官庁の指導などを踏まえつつ、それらの意見等を尊重し、これに依拠して業務を執行することが必要であり、かつ、それらの意見等を信頼して業務の執行にあたる場合には、被告らが、右資源エネルギー庁及び原子力安全委員会の検討結果を信頼して、本件原子炉の運転の継続を命ずることは、被告らにおいて、右資源エネルギー庁及び原子力安全委員会に対し重要な情報を秘匿したとか、右検討結果が基礎としている重要な事実と異なる事実が存在していることを知っているとかの特段の事情がない限り、代表取締役としての会社に対する前記各義務は尽くされていると解するのが相当である。」とされる(本件の仮処分に関する東京地裁平成二年一二月二七日決定、判例時報一三七七号三〇頁)。

そして、被告らが右善管注意義務ないし忠実義務に違反した場合、原告らは被告らに対し、当該原発の運転の再開、継続を差し止めうる法律関係が生じる。

そして、右決定によれば右法律関係の構成要件事実は、<1>修理後の本件原発の健全性及び事故再発防止対策の有効性について慎重な検討が行われていないこと<2>社内外の専門家ないし専門機関の判断、見解、更には監督官庁の指導などを尊重せず、またこれに依拠していないこと<3>被告らが資源エネルギー庁及び原子力安全委員会に対し重要な情報を秘匿したとか、資源エネルギー庁及び原子力安全委員会の検討結果が基礎としている重要な事実と異なる事実が存在していることを知っていることのいずれかである。

2.本件各文書の法律関係文書性

本件各文書は、本件原発の修理の内容、再発防止対策のうち本件再循環ポンプについてのものの具体的内容及びその実施の有無程度、そして被告らが資源エネルギー庁及び原子力安全委員会に告知した事実の内容を記載した文書であるから原告らと被告らの法律関係の構成要件事実の一部を記載した文書であり、右法律関係と密接な関係のある事項を記載した文書である。

よって本件文書が民事訴訟法三一二条三号後段の文書に該当することは明らかである。

3.被告らの主張について

被告らは文書提出命令に関する判例のごく一部を引用して本件各文書が民事訴訟法三一二条三号後段の文書に該当しない旨主張しているが、前述の通りであるから、少なくとも被告ら引用の判例のうち東京高裁昭和五一年六月二九日決定、大阪高裁昭和五三年五月一七日決定及び大阪高裁昭和五四年九月五日決定の立場によっても本件各文書は民事訴訟法三一二条三号後段の文書に該当する。

ところで、民事訴訟法三一二条三号後段に関する判例は、大きく分けて「両者の法律関係それ自体を記載した文書だけでなくその法律関係の形成過程において作成された文書やその法律関係に関連のある事項を記載した文書も含む」(大阪高裁昭和五三年三月六日決定判例時報八八三号九頁)とか「広く挙証者と文書の所持者との間の法律関係に関連する事項を記載した文書を指す」(東京高裁昭和五四年九月一九日決定判例時報九四七号四七頁)などと広く解する一連の判例と被告ら引用の判例のように限定的表現を用いる判例がある。しかし限定を加えた判例も「密接な」ないし「相当密接な」、「構成要件事実の一部」などの言葉を用いていても、それ自体にはあまり意味がなく実質的には「専ら自己使用のために作成された内部文書を除く」という点で限定を行うものが多い。

そして、右の「内部文書」に関しても「その作成経緯、内容と訴訟におけるその文書の重要性(立証の必要性)からみてその提出による所持者の不利益を考慮しても、なお、衡平上、提出させないことによる挙証者の不利益が大きいと認められる文書」(東京高裁昭和五八年六月二五日決定判例時報一〇八二号六〇頁)については提出義務があるとされる。

本件各文書は電気事業法施行規則三五条、三九条、五八条、発電用原子力設備に関する構造等の技術基準五条ないしはJEAC-四二〇五により作成が義務づけられており、本件原発の安全性を審査し、周辺住民や作業者の安全を確保し、また電力の安定供給を図るという公益目的のために行われる手続である本件原発の工事計画の届出、使用前検査、定期検査の各行政手続にあたって国に提出される文書であるから、到底自己使用目的の内部文書とは言えない。

仮に内部文書であるとしても本件各文書の重要性に鑑み、提出させないことは衡平上許されないと解される。さらには右内部文書性に関しては被告らは原告らに対し株主総会において議題である利益処分案に密接に関連する本件各文書の記載事項につき商法二三七条の三により説明義務を負っていることも考慮すべきである。

なお被告らは東京高裁昭和四七年五月二二日決定を引用して「両者が関与して作成されたこと」を求めているようであるが、右判例の被告ら引用部分は、「沿革にも根拠がないし、文理上にもこのように解すべき必然性はない」と批判されており(竹下=野村判例時報八〇四号(判例評論二〇六号)一二二頁)、他に類似の判例は見当たらず、逆にこれを明確に否定する判例が多数ある(山形地裁昭和四八年三月三〇日決定判例時報七〇二号一〇九頁、大阪地裁昭和五四年三月一三日決定訟務月報二五巻七号一八五九頁、大阪高裁昭和五三年三月一五日決定労働判例二九五号四六頁、東京高裁昭和五三年一一月二一日決定判例時報九一四号五八頁等)。

また被告らは東京高裁昭和五八年九月九日決定を引用して両者間に争訟関係があるだけではそれに関連して作成された文書であっても法律関係文書ではない旨及び文書作成後に原告らと被告らとの間において訴訟が係属することになったとしても、そのこと故に法律関係文書に該当することになる余地はない旨主張している。しかし、右東京高決の引用部分は傍論に過ぎない上、右東京高決と同趣旨の判示(ある事項が訴訟において争われているというだけで、右にいう法律関係となるわけではない)のある東京高裁昭和五七年二月四日決定(判例時報一〇四三号五六頁)は、訴訟の主要な争点の判断に直接影響を及ぼす具体的事実が記載されているものと推認できることをもって法律関係文書該当性を認めている。原告らは前述の通り訴訟の提起のみをもって法律関係としている訳ではないが、申立書においても主要な争点との関係を明らかにして主張しているものであるから、いずれにしても被告らの主張は失当である。なお、被告らの主張は両者の法律関係の存在を前提として文書が作成されたものであることを要求するものであるようにも解されるが、そのような主張は判例上明確に否定されている(東京高裁昭和五七年二月四日決定前掲、東京高裁昭和五八年六月二五日決定判例時報一〇八二号六〇頁)。

よって被告ら引用の判例によっても本件各文書が民事訴訟法三一二条三号後段に該当しないとは言えず、むしろ判例上は本件各文書が民事訴訟法三一二条三号後段に該当することが明らかである。

二、本件各文書の民事訴訟法三一二条一号文書の該当性

被告らは答弁書、準備書面において、繰返し、本件原子炉の運転再開にあたって、通産大臣の行う定期検査に合格したこと、本件原子炉再循環ポンプについて通産大臣の使用前検査に合格した旨主張し、右使用前検査の前提となった修理工事の内容、修理工事の際の再循環ポンプの状態、通産大臣の行った安全審査の内容に言及している。被告は、このような主張について右定期検査、使用前検査の合格等の事実を指摘したにとどまり、本件各文書の内容に言及し、これを引用したことはないなどと述べる。しかし、電気事業法上、右定期検査、使用前検査に際しては、本件各文書のうち、1ないし4の文書はその提出を義務付けられているものであり、被告らが、電気事業法にもとづき、適法に右各処分の合格を得たと主張し、その使用前検査の前提となった修理工事の内容、修理工事の際の再循環ポンプの状態、通産大臣の行った安全審査の内容に言及している以上、右主張は本件各文書の引用そのものである。被告の主張は全くの詭弁である。

三、必要性

1. 最高裁判所は一九九二年一〇月二九日の伊方原発訴訟判決において、原子炉設置許可処分の取消訴訟の主張立証責任について「当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。」としている。右判断は行政庁の主張、立証責任について述べたものであるが、原子炉施設の安全性についての第一次的な責任を負っている電力会社については、より強く当てはまるといえる。したがって、本件訴訟においても、本件原子炉の運転の安全性について、被告等は運転管理の具体的基準並びに事故後の事故原因と運転再開の安全性についての調査及び判断の過程等、東京電力の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要がある。

このような観点から見ると、本件各文書は本件原子炉の運転再開の適否についての極めて重大な資料であり、被告等が自ら本件訴訟に提出すべきものである。

2. 本件各文書の証拠調べの実質的な必要性は次の点にある。原告は被告の行った検査結果とケーシングの厚さの実測値が被告主張のとおりのものかどうかについてまず疑問を持つ。本件文書には右記述に反する記載内容が存在する可能性が高いと考えているのである。また、被告が検査結果などのデータを改竄して本件文書には右の記述通りの記載がなされているとしても、このような一次的なデータの改竄については専門家の目で見破ることもできるのである。したがって、この被告主張の真否は本件訴訟の帰趨を決する重大な争点であり、本件各文書のこの争点についての最も重要な証拠であることはあきらかである。

そして、右の水中軸受の改善の内容についての安全審査は電気事業法四二条に基づく工事計画の届け出等を行うとともに、工事の工程ごとに、同法四三条所定の使用前検査を受けることによってなされたのであるが、右の工事内容の安全性を主張する被告の主張は電気事業法四二条に基づく工事計画の届け出と同法四三条所定の使用前検査が内容的にも以上に述べたように適正になされたことを本件各文書を引用して主張するものといえる。

3. ちなみに本件訴訟で被告から提出されている通産省作成の乙一、二号証、原子力安全委員会作成の乙一二号証をも被告は引用している。しかしながらこれらの文書は被告自身も自認するように、法的な根拠条項のない合目的的な行政作用の所産である。また、これらの文書は基礎的なデータではなく、これを加工し、二次的に作成されたものであり、都合の悪い情報は隠されている可能性がある。これらの書証だけでは事案の真相に迫ることはできないのである。本件文書提出の実質的な必要性はここにある。

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